新聞社という恐竜は甦ることができるのか

新聞は衰退していく

新聞の購読をやめてから1年以上が経つ。マンションでは,朝,下まで取りに行くのが現実的ではないのだ。ニュースならwebでも手に入る。

今,新聞の発行部数が減っている。主因は,webの浸透だろう。
http://www.pressnet.or.jp/data/circulation/circulation01.php

それでも,依然として毎日4000万部(!)以上の新聞が売れている。これに並ぶ規模の報道機関はないから,危機感はあっても改革は進まない。

たとえば新聞のweb版はどこの会社も出しているが,どれも「とりあえず」の域を脱していない。紙面を購読すればweb版はタダで見られるというパターンが一般的。さらに,webなのに紙面のままに見せようとする愚も。取りあえず,紙の新聞のシステム(印刷・宅配)を侵害しない範囲でということか。

webは新聞の代わりにはならない

衰退しつつある新聞だが,webのニュース・サイトはこれに完全にとって変わるものではない。なぜなら,主なニュース・ソースは新聞社や通信社なのだから。彼らは決して新聞社に代わる「報道機関」ではないのだ。取材してニュースをつくることをしていないのだ。

必要なのは健全な報道だが

これから報道はどうなっていくのか心配になる。しかし,私たちには必ずしも新聞社が必要なわけではない。必要なのは「健全な報道」である。

新聞やTVなどのマスコミは,昔からずっと広告主の顔色をうかがい,読者に迎合してきた。日露開戦前に新聞社は,開戦論を競って部数を増やそうとした。これは本質的にしかたのないことではあるのだが。さらには政府の圧力を受けがちであったりする。

受け手にとって必要なのは,「独立したジャーナリズム」の存続なのだが,それはいつの時代も難しいことだ。

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masao
ゲイツ,ジョブズ,さんまと同じ1955年生まれ。 この春から自由人?に。